作者自身の衝撃の懺悔録!なんて正直な人なんだろう。これはもはや事件です。文章一つ一つに命が刻まれているような。これを世に出した覚悟に恐れ入ります。
女弟子への禁断の恋
物語は恋の懺悔から始まります。妻帯者で3人の子があり世間体もある文学者である自分が、妙齢の女弟子である女性に恋に落ちたが叶わず終わった。彼女はもう他人のものだからと自分に言い聞かせます。
え、初っ端からすごいこと回想してます。というか実話なの!?とびっくりです。
そして決して「過去」にはなっていない。未練たっぷりです。
彼女に惹かれていく過程
これは無理ないよなぁと思ってしまいました。今日が昨日でも明日でもさほど変わらない、何の変化もないつまらない平凡な毎日を送る時雄。そこに現れたハイカラで芯のある、容姿端麗な自分を慕ってくれる妙齢の女性、芳子。時雄が芳子を弟子にした時点で、彼女に惹かれてしまうのはもう避けられない未来だったのではないでしょうか。
芳子の恋人に苦しむ時雄
そんな中、芳子には同年代の田中という恋人ができます。そしてその恋人とこっそりと京都に旅行に行ったことが判明します。この時代、結婚前の男女が旅行をすることは大変なことで、彼女の両親も巻き込んで大問題になってしまいます。何もなかったと訴える芳子のために、時雄は師匠として二人が誠実な付き合いであること、その潔白を証明する手助けをしなければいけない立場になります。それ以前に時雄はまず、思いを寄せていた女性に恋人ができてこっそり旅行に行っていた、という事実を受け止めることから始めないといけません。自分にもその機会はあったのに躊躇してしまった、躊躇しなければ今頃は…?妬み、惜しみ、後悔。時雄の心はもうめちゃくちゃです。酒に溺れて乱れます。
芳子から手紙をもらい、会いに行くために彼女が寄宿している妻の姉の家に歩いて向かう際の心理描写がまた見事です。悲しんだり開き直ったり怒ったり忙しいですね。まるで恋する乙女 笑。そして「嫉妬」という感情はこれほどまでに恐ろしいものなのかと思いました。
そして芳子さんと田中は見るに耐えかねますね。恋に溺れすぎるのはどうにもよくない。自我と自制。バランスは大事です。結局、時雄に嘘をついてずっと騙していたことが判明します。
そんなことなら自分も大胆に手を出しておけばよかった と時雄は激昂します。
ってそこ!?と突っ込みたくなります 笑。結局「嫉妬」なのですね。
男性の“嫉妬”と恋の苦悩
芳子が父親に連れられて故郷に帰ってしばらく経った後、時雄は彼女の寄宿していた自宅の2階の部屋に上がります。家具はそのまま残りまるで彼女はいつものように学校に行って不在にしているかのように思われ感傷に浸ります。そして押し入れを開けて彼女の匂いの残る夜着に顔を押し付けて嗅ぎ、彼女が使っていた蒲団を敷いて夜着に顔を埋めて泣きました。この小説の有名な場面です。
昔読んだ時は嫌悪感の方が強かったのですが、年齢を重ねて読むと、何ともやるせなく悲しい。
男性の嫉妬と失恋の心理描写が秀逸です。それが実話に基づいていることにも驚きです。
赤裸々すぎるこの小説を世に出したこの覚悟がすごいです。この小説はもう事件です。様々なものを犠牲にして選んだ芸術。失ったものが数多くあったであろうと。
この小説を世に出してくれて、読むことができてよかったと思います。
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