梶井基次郎の「檸檬」を最初に読んだのは10代の学生の頃でした。その時は正直、「え?意味がよくわからない…」と小説の意図していることがよくわかりませんでした。でも社会人になってしばらくしてこの小説を読み返したとき、学生の頃とは違った視点でこの小説を味わうことができました。
美しい情景描写と繊細な心理描写
美しい情景描写
夜の果物屋
作中に、主人公がレモンを買った果物屋が出てきます。主人公の最も好きな店として紹介されているのですが、その情景描写が美しい!果物がディスプレイされている様子や色のコントラストなど、まるで目に浮かぶようです。
そしてより美しいのが夜の果物屋の描写です。にぎやかな明るい街路の中で、その店頭の周囲だけが暗く、まるでスポットライトのように店頭の電灯に照らされる宝石のような果物たち。一つの絵画のようです。何気ない日常の風景を切り取り美しく描写する作者のセンス、素晴らしいです。
繊細な心理描写
誰しも共感できる、あの憂鬱な時の心情
作品の前半は、主人公の鬱々とした心情が語られています。なんとも言えない不安感、目に見えるもの全てに色がなくなったような感覚、心が疲れ切って何もできなくなってしまう無力感。あんなに好きだった趣味やモノに心を動かされなくなってしまった。何かつまらなくなってしまった。自分は一体どうしてしまったのだろう…そんな心情を街の情景描写と重ねて見事に表現しています。
人生を重ねるほど楽しいだけでなく辛い経験も増えていきます。思うようにいかない日々、大切な人との離別、失恋、仕事の悩み、人間関係の悩み…この小説を歳を重ねてから読むとまた違った感じ方ができるのは、それだけ読み手が人生経験を積んできたからなのかもしれません。
後半の急展開と爽やかな読後感!
レモンが一変させる世界
主人公は果物屋でレモンを1個購入します。すると憂鬱だった気分が晴れていきます。少しずつ明るくなっていく世界が、レモンの鮮やかな色・爽やかな香りと連動して感じられるような、前半の憂鬱との対比が見事です。
爽やかな読後感!
レモンで明るい気分になった主人公は、丸善へ入ります。でもそこでまた憂鬱な気分が戻ってきてしまいます。ここであの有名な場面です。レモンを爆弾に見立てて乱雑に置かれた本の上に置いて去ります。
ここで私が気になったことは、レモンを置いた本はかつて主人公が好きだった本という点です。自分の好きだった本に爆弾に見立てたレモンを置いて、このまま去ってしまおう。そうしよう!
クスッと笑えるようなイタズラが張り詰めた緊張感をほどいて行きます。ここで作品が終わるのも良いです。主人公は日常に戻るのですが、さっきとは違います。妙に力の抜けた安心感があります。この直前の憂鬱と最後の安堵感との対比が、一層爽やかな読後感を引き立てているのではと感じます。
この本を読んで感じたこと
自分にとってのレモンって何だろう?
レモンは主人公にとって心の安定剤のようなものかもしれません。自分にはレモンのような心の安定剤があるのだろうか。読み終わった後に色々と考えてしまいました。そして無性にレモンの匂いを嗅ぎたくなりました。
スタイリッシュでおしゃれ!
またこの作品はスタイリッシュでおしゃれです。後半の畳み掛けるような展開、物語の終わり方。大人になって読み返したときに、「おしゃれだなー」と思いました。1924年の作品とは思えない洗練されたセンス。素敵です。
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